| ■biografy 2010.01.25更新 |
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■SWB ■バースディ1・10 ■出身 宮城県 ■演奏できるもの ギター ベース うた ■好きなもの ラーメン 犬 車の長距離運転 ■嫌いなもの ミョウガ パクチ- オバケ ■好きなミュージシャン ジャミロクアイ オリジナルラブ スティービーワンダー アイズリーブラザーズ マービンゲイ ジミヘン ローリングストーンズ ハナレグミ フィロソファーキングス マシュースイート ギルスコットヘロン ブランニューへ-ビーズ グレイプバイン MOTS パールジャム スティリーダン スガシカオ スイングアウトシスター トライセラトップス 山下さん フージーズ レニークラビッツ WHO ハービーハンコック フィッシュマンズ ソウライブ スピーチ タヒチ80 ベルベットクラッシュ ハラダイクコさん ビースティーボーイズ U2(!) 奥田民生さん ブルースエクスプロージョン とかまぁ、書いたらきりないっすよ。まだまだたくさんいっぱいおります。上記は2005一月現在i-tuneに入っておりました。 20100623追記 大橋トリオ 富田ラボ ASIDMAN FACT HALF LIFE JET TOKU はっぴいえんど 秦基博 凛として時雨 等、ボーダーレスに増加中 近年は日本人に興味が移行しております。 |
■BAND的な歴史 中学校3年、はじめてアコギを弾く。(オネェのおさがり。あれは確かモーリスでした。)高校のときにはじめてエレキギターを買う。(布袋モデルラインナシ!)しばらくBOφWYと布袋のコピーバンドをやる、途中、女子に誘われてPEARLというバンドのコピーもやる。ブルースに目覚める。ストーンズとかもやってみる。レギュラーチューニングのスライドギターを断念する。(笑)専門学校を卒業するころにはROCKがなんとなく飽きる。レアグルーブのブームがやってきた。ジャミロクアイやブランニューへビーズとかね。クラブというものにもこのころ顔出しするようになる。オシャレさんにウケル音楽と自分にしっくりきた感じがしてFUNKバンドをやる。なぜかキーボード&歌でした。今考えると恐ろしい・・・。レスリースピーカーまで買っておりました(笑) そのころオリジナルラブという音楽に出会う。衝撃だった。ということでまねっこ。WATER GREMLINというバンドをやる。POPとFUNKの組み合わせ的な音楽の可能性を模索した。音楽人生の転換期的なものだった。行き着くところまで行った気気がして、”東京にでも行くか!?”と思い立つ。そんなこんなで仙台に区切りをつけ一路東京へ。 WGのKEYメンバーと一緒に上京したが相棒が音楽断念。このころが一番音楽を出来ていなかったと思う。ふてくされてるところへあれよあれよという間に元WGのGUとDRが上京。コバルトロンを結成する。現在活動停止に至る。 --------------2010現在-------------2010.6.23追記 コバルトロン解散後、PLANETONEと言うバンドを結成。精力的に活動するも、今現在はスローダウンで活動中。 活動内容はこちら 現在はもう一度原点に戻り、SWB1人としてどこまでできるか模索中! 音楽の旅は果てしなく続く! ---------2011年現在------------------------ 2010年に出来たDEMO群をどうにか世の中に発表するため日夜活動中。 人生初めての動画サイトへの投稿始める。 |
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■録音的な歴史 一番最初に録音に目覚めたのは多分高校のときにストーンズをすべて自分でやってしまおうと思い立ちKAWAIのリズムボックスを買ったのが始まりだと思う。GB-1というモデルだ。(写真@)今考えるとなかなかイカスマシンでドラムキットがドラムの形をしたパッドに並んでいる!まだ実家にあると思う(笑)今度帰省した時に持ってこよう。新しい音ネタを発見できるかも。まずはこのリズムボックスをつかいダブルカセットのデッキ1に録音。そのテープを聞きながらダビングしつつデッキ2へギター、ベース、ボーカルを録音。というようにかなり原始的なことをやっておりました。そんなことをやっているうちにカセット4トラックのMTRが買えるような環境に・・。速攻ゲットしましたね。確かYAMAHA製だったと思います。数々の名曲??を4トラックのMTRで生み出しておりました。 人間、慣れというものありまして、4トラックMTRじゃ全然たりねぇ!!!!と不満を抱えていたところ、デジタルレコーダーが買えるような時代に。忘れもしない、ROLANDのVS-880(写真A)ですよ。8トラックもとれるし、なおかつVトラック(仮想トラック)という便利な機能。当時サラリーマンだった僕はボーナス一括で購入。今考えると高い!エフェクトまったくナシで17万!!今では考えられない値段だけど、これは使い倒したなぁ・・。アルバム一枚作ってしまったぐらいだから。 んで、東京に出てきてもっと本格的にやろう!と思い立ちVS880の後継機VS1880を購入。(写真B)エフェクトボード二枚入って10万ってどーなのよ。機能は倍以上なのに、VS880に比べて価格は1/2にほぼ近い。正直腹立ちましたけど、18トラック扱えるのはうれしかった。が!これを購入したときが実は一番曲が作れてないような気がする。機材が良いから曲が出来るってわけでもないんですよ。 VS1880を完璧に使いこなせないまま時は過ぎ、時代はいつのまにかPCメインのDTM時代に突入。僕もPCを買ってはいたものの、DTMに手を出してはいなかった。いや、出しては見たけども、どうもしっくりこなかったのだ。初めて触ったのはASIDだったともう。LOOPで曲を作るのはどうもしっくりこない。PCがソフト側の性能に追いついてなかったんだと思う。 時は過ぎCPUがペンティアム4になったときのこと、CUBASEをはじめてまじめにいじってみる。(写真C)なんと!使いやすいではないか!波形も直接いじれるし、ドラムマシンも必要ない。ハードウエア音源が一切必要ない。とにかく編集アレンジがしやすかったのが飛びついた原因であると思う。VS1880で作曲していたころとは飛躍的に作業の効率化がすすんだ、今ではこれナシでは生きていけない?ぐらいの存在。いやぁ世の中変わったね。 ここまで録音の歴史を語ってきましたがこれだけ音楽環境がソフトウエア-化していくのもちょっと悲しい気もする。ハードに対する愛着管みたいなものがなくなってきてますからね。そういう観点から言うとMACはデザインもいいし、いいのかなぁって思いますが。いまだにマウスボタンが一個しかないのが体に合いません。このままWINで突っ走るでしょう。僕。 --------------2010現在-------------2010.6.23追記 未だ環境は変わらず、WINXP機(DUALCOREになりましたが)+CUBASE SX3にて作業。新しい機材としてLINE6UX1を導入、ギター録音に革命的(大げさ)旋風を巻き起こしております。 もう一つ大きい環境の変化といえばいつでも全開で歌える環境になったことです。これが一番の変化だと思います。ストレスフリーで歌っております!あぁすばらしい・・。 ------------2011年現在-------------------- EQの方で書こうと思っています。よろしくどーぞ。 |
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| 写真A | |
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| 写真B | |
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| 写真C | |